SPECIAL INTERVIEW
サンニ・ハヴァス/Sanni Havasさん
ヘルシンキを拠点に活躍するガラスアーティスト、サンニ・ハヴァスさん。さまざまな色のガラスを組み合わせ、ひとつとして同じものはない、それぞれの個性や遊び心がとても楽しいガラスリングを、今回日本で初めて、フリーデザイン吉祥寺店で取り扱います。そこで、サンニ・ハヴァスさんから、ガラスの魅力や制作秘話などについて、直接お話を伺いました。
サンニ・ハヴァス/Sanni Havas
インテリアデザイナーとして活躍したのち、フィンランドのアアルト大学院にてコンテンポラリーデザインを学び、ヘルシンキを拠点にガラスアーティストとしての活動を始める。「遊び心」をキーワードに、元々工業用として開発されたホウケイ酸ガラス(ハードガラス)を素材として、遊び心あふれるカラフルでユニークなガラスリングを制作している。
Instagram: @sannihavas
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サンニさんが、ガラスアーティストになろうと思ったきっかけはなんですか?
両親が建築家である影響もあり、デザインスクールで家具デザインを学んだあと、5年間インテリアデザイン事務所で働いていました。でももっと自分自身のアート活動の実践に集中したい、と思うようになり、フィンランドのアアルト大学の大学院に通い、コンテンポラリーデザインを専攻しています。今は2025年春の卒業に向けて、卒業論文を仕上げているところです。
アアルト大学にはヨーロッパでも有数の素晴らしい設備が整っていて、指導してくださる教授たちも素晴らしく、必要な道具も一流のものが揃っています。そしてこの学科では、素材が重要視されるので、さまざまな種類の素材を用いてアートを制作して、冒険してみることが推奨される環境にあります。そこでわたしもいろいろな素材について学び、制作活動をする中で、特にガラスに惹かれていきました。幼い頃から、実家にあったイッタラのガラスのバードの美しさにうっとりしていたし、ガラスが持つ儚さをとても尊く感じていました。実際に素材として扱ってみると、その制作過程は、本当に魔法のようなんです。ガラスは硬いですが、同時に繊細で壊れやすい素材でもあり、でも熱するとどんなかたちにもなる柔軟さを持ちます。そのコントラストがおもしろく、強く惹かれたのです。
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ガラスを素材としたアートにはさまざまな種類がありますが、なぜ指輪をつくろうと思ったのですか?
わたしの制作活動すべてにおいてのテーマが「心(マインド)と身体(ボディー)の関係性」で、これは卒論のテーマでもあるんです。ガラスの技法を学んで、その素材を活かしてどんな作品をつくろうかと考えたときに、指輪をつくることを思いつきました。「ガラスでできた輪っか」という実にシンプルなものですが、それ自体をわたしは小さなアート作品だと思っています。でもそのアート作品を飾って眺めるだけではなく、身につけられるという実用性を持たせることで、自分の身体につけられ、親密で尊いものになります。ガラスでなんでもつくることができますが、指輪を選んだのは、そういう理由からです。
そして実際にガラスリングを販売してみると、ひとつひとつがユニークなものなので、どんな色のどんなデザインを選んで、どのように身につけるか、ということにその人の心(マインド)が反映され、それを身体(ボディ)に身につけるので、心と身体の関係性がとても現れると改めて感じています。
制作段階においてもそうです。ガラスで制作するときは、他のことを考えられません。素材に集中し、音楽も流さず、その瞬間に全神経を集中させて、自分の心(マインド)と身体(ボディー)をコンタクトさせているんです。
ホウケイ酸ガラスを用いたガラスリング
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ガラスを素材として指輪をつくることの楽しさと難しさはなんですか?
楽しさは、制限なく、自由でクリエイティブになれることです。わたしの全ての作品に共通して大切にしているのが、「遊び心」です。学校では、どう安全に設備を使うか、などといった本当に基礎中の基礎だけを教えてくれて、そこからは自分自身でクリエイティブに制作できる環境でした。この指輪のつくり方も、誰かに一から教わったわけではなく、自分自身で研究しながら編み出したものなんです。そんなふうに、いい意味で最初にガラスについての知識などを詰め込んで頭でっかちになっていないので、それが自分のクリエイティビティに制限を与えることなく、自由に、遊び心を持って制作できることですね。ガラスを使って、自分自身をどんなふうにでも表現できる、その無限の可能性にいつもワクワクします。
反対に難しさは、それぞれの色が全く異なる個性・性格・相性を持っていることです。この色とこの色はお互い嫌い合ってくっついてくれない、くっつけても割れてしまう、とか。まるで人間みたいですよね(笑)でもゆっくりと、何時間、何週間、何年間、と時間をかければしっかりくっついたり。それを、実際に色々な組み合わせで試してみることで、その反応を経験から学びました。これは難しさでであると同時に、楽しいことでもありますね。
ヌータヤルヴィのガラス村/Photo : ©Sanni Havas
夏に滞在したヌータヤルヴィでの様子/Photo : ©Sanni Havas
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ガラスの指輪は、どこでつくっていますか?
今回フリーデザインで販売するものたちは、夏にヌータヤルヴィにあるアトリエでつくった、とても思い入れのある大切なものです。夏休み中は大学が閉まっていたので、教授に相談したところ、ヌータヤルヴィにアトリエを持つガラス作家さんが夏の間留守にするので、彼女のアトリエとその近くにあるお家を借りられる、と紹介してくださったんです。そこでパートナーと飼い犬と一緒に車で行き、4泊して制作活動をしました。この時間は、わたしにとってこの夏最高の思い出になりました。日中はアトリエで制作活動をし、そのほかの時間は森に囲まれた家でゆっくりと過ごしました。家の周りにはフェンスがあるので、飼い犬も外を自由に走り回って嬉しそうでした。
ヌータヤルヴィは、日本の方にとっても親しみがある名前かもしれませんね。実際に1793〜2014年まで、ガラス工場が稼働していました。工場が閉鎖された今でも、小さなガラス村としてガラスアーティストが住んでいて、フィンランド有数のガラス技術を学べる学校もあるんですよ。
ガラスリング制作中のサンニさん/Photo : ©Sanni Havas提供
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ガラスリングは、どのようにしてつくるのでしょうか?
わたしがつくるガラスリングは、ホウケイ酸ガラスという素材を使っています。「イッタラ/iittala」のグラスなど、一般的に使われるガラスはソフトガラスですが、このホウケイ酸ガラスは、ハードガラスとも呼ばれる、違う種類のガラスで、元々工業用として開発された、実験道具などに使われるものです。ソフトガラスの方が色のバリエーションは多いのですが、わたしはこのホウケイ酸ガラスを使うのが好きです。色に限りがあるからこそ、その限りある中でいかにクリエイティブになれるかが試されるのがおもしろいんです。
ホウケイ酸ガラスのカラーテスト/Photo : ©Sanni Havas
ガラスリングをつくるときは、ホウケイ酸ガラスを、プロパンガスと酸素で生み出す炎で溶かします。炎の温度は、2000度以上になります。この技法は、太古から伝わるとても伝統的で古典的な技法です。炎はとてもあかるくて目を傷つけてしまうので、特別なメガネをかけて目を保護します。色がついたものをつくるときは、熱することで色が変わるので、仕上がりの色は制作過程で見えていた色と違うこともあって、それが楽しいサプライズでもあります。かたちをつくったあと小さな窯に入れ、12〜24時間かけて500度からゆっくりと室温に戻していくことで、ガラスにストレスをかけずにかたちづくります。
本当にガラスは手がかかる素材です(笑)でもだからこそ愛おしい。そしてこの素材は、一度形作ったものを、また熱して溶かすことで、別のものに形作ることもできます。イヤーカフとしてつくったものを指輪に変えたり、壊れてしまったものを、また直すことができる。とてもサステナブルな素材なんです。
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ガラスの色はどのようにして選びますか?
純粋に、自分のフィーリングに従って選んでいます。さまざまな色の選択肢の中から、自分に喜びをもたらす色とその組み合わせを選んで組み合わせています。インテリアデザイナーとして働いていたときは、クライアントのニーズが第一優先なので、自分の好きな色はあえて避けることもありました。でも今は、自分自身がハッピーを感じらえる色を選ぶことができます。わたしはフューシャピンクとパステルカラーの組み合わせや、そこにブラックでスパイスを加えるような、そんな色合わせが特にお気に入りです。
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影響を受けたデザイナーはいますか?
オイバ・トイッカと倉俣史朗ですね。どちらも色やデザインにとても遊び心があり、でも子どもっぽくなく、そして時代が経ってもモダンに感じるタイムレスなものです。セカンドハンドショップで購入した彼らの作品集などを眺めるのが好きで、インスピレーションを受けます。
日常的に愛用しているアイノ・アアルトのグラス/Photo : ©Sanni Havas
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フィンランドには、イッタラやヌータヤルヴィなどに代表されるガラス産業の長い歴史があります。この環境はサンニさんのガラスリングの制作になんらかの影響を与えましたか?
大いに与えてくれたと思います。フィンランド人としてフィンランドで生まれ育ったので、フィンランドの偉大なガラスデザイナーが手掛けた作品が、子どもの頃から身近にありました。毎日の生活の中に、当たり前にそこにあったんですよね。実家の棚にはオイバ・トイッカのバードが飾られていたり、毎日アイノ・アアルトのグラスで飲み物を飲んだり。デザイナーアイテムとして大切に飾るというよりも、日常遣いする、生活の一部であるものです。大学生のときにオランダに交換留学して、それがいかに特別なことかに気付かされ、改めて素晴らしい文化だなと思いました。
フィンランドには、ガラスメーカーとアーティストがコラボレーションをして作品を生み出してきた、豊かな歴史があります。カイ・フランク、タピオ・ヴィルカラ、オイバ・トイッカ、ティモ・サルパネヴァなどが活躍したフィンランドデザインの黄金時代には、アーティストが自由に実験的に冒険的にガラスを使ってアートをつくれるという環境がありました。その時代からすごくインスピレーションを受けて、そういった遊び心や冒険心をわたしも持っていたいと思うんです。どの作品も、アートとして美しいだけでなく、機能的です。わたしもそういう作品つくっていきたいとずっと思っています。
制作中の様子/Photo : ©Sanni Havas
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今後どのようなアーティスト活動をしていきたいですか?
卒業後も、アーティストとして、自分自身のアート活動の実践を続けていきたいと思っています。さまざまな素材に触れる中で、ガラスだけでなくセラミックにも魅了されているので、素材についてはガラスとセラミックの両方を使っていきたいです。また、ジュエリーと並行して他の作品にも挑戦していきたいですね。ヘルシンキに自分のスタジオを持つことも夢見ています。
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日本についてはどんな想いがありますか?
日本はわたしにとって、夢の場所です。旅行先としても、わたしの作品を販売する場所としても、夢に描いていたので、今回のポップアップの実現を本当にうれしく思っています。日本には、深く根付いた文化や歴史があると同時にモダンで、その組み合わせにとても魅了されています。アアルト大学で出会った親友のロッタ・マイヤ/Lotta Maijaさんが日本に留学していたので、彼女からたくさんの話を聞き、卒業したらぜひ訪れたいと思っています。
サンニ・ハヴァスさん/Photo : ©きつね
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このポップアップイベントを通じて、日本の方々に伝えたいメッセージはありますか?
日本でわたしの作品を発表したいという夢が叶って、本当に幸せです。わたしがこのリングをつくるときに感じた喜びを、指輪を通じてみなさんに届けられたらうれしいです。
テキスト:きつね
東京都出身、2019年よりフィンランド在住。フリーランスのライターやバイヤー、コーディネーター等として日本とフィンランドを繋ぐ活動をする傍ら、自身のウェブメディアやインスタグラムでフィンランド生活やおすすめカフェなどについて発信している。お日さまとコーヒーと深夜ラジオがすき。
Website:https://lalafinland.com/
Instagram:@lalafinland